![山田 基靖[やまだ もとやす]](assets/images/profile.jpg)
生年月日
1982年11月3日(43歳)
学歴
2005年3月
上智大学法学部国際関係法学科卒
2008年6月
ワルシャワ経済大学ポストグラデュエートコース修了(欧州金融経済論)
キャリアの歩み
2005年4月外務省入省。
本省では、ドイツ、ポーランド、ウクライナといった中・東欧外交の政策立案、国際法関連業務、日本の安全保障政策の企画立案等を担当。
外交官として、ポーランドと米国NYに駐在。NYでは、国際連合日本政府代表部にて持続可能な開発目標(SDGs)を担当。
2019年8月より、官民人事交流制度の適用を受け、外務省から初めて姫路の学校法人に派遣され、学園長に就任。
2024年4月に兵庫県姫路市副市長拝命(経済、国際、子育て・教育、消防、危機管理を所掌)。

国際バイオリンコンクールや世界的な美術館との連携など、観光資源の潜在⼒を最⼤限に引き出したソフトコンテンツを創出。世界から選ばれる観光都市に。
皮革や日本酒に代表される播磨・姫路の産業・食文化のポテンシャルを新たな市場に展開。人口減少下においても外貨を獲得できる先進都市に。
海外ネットワークを駆使し、「姫路グローバル⼈材コンソーシアム」をより充実化。地域と産業を⽀える共⽣可能なグローバル⼈材を輩出し、姫路を持続的な成長都市に。
世界的なエネルギー構造転換と、 姫路 の地域経済をリンクさせ、産業競争力を最大化。「播磨グリーンディール計画」により姫路港の国際化、 脱炭素化を促進。
播磨臨海道路の整備後を見据え、環境技術やエネルギー技術を活用した新産業を応援し、新産業・ 新技術の海外企業誘致を推進。
より安全で安心な街となるよう、姫路市政と緊密に連携。防災対策、老朽化したインフラ整備等、地域密着型の「御用聞き」役に。
兵庫県姫路市から世界に選ばれるモデル都市「HIMEJI of JAPAN」 に変革。姫路ならではの成長と活気に溢れ、住む人も訪れる人も人生のあらゆるフェーズで豊かさを感じる地域になっている。

次代の成長を担うグローバル⼈材の育成のための「HIMEJIモデル」(1-3)を国内全域に展開。姫路を震源地として、失われた30年にピリオドを打ち、⽇本の新たな成⻑を促進。
AX×GXを軸に稼げる次世代産業育成へ集中的に投資。次世代原子炉(エネルギー)、半導体産業、AI、全固体電池ロボティクス、自動運転などで、徹底的な成長戦略を描き実行。
世界秩序が揺れる今、元外交官かつ平和希求都市姫路から出馬する国会議員として、日本が提唱する「自由で開かれたインド太平洋」外交を強化。
日米同盟を基軸に、自衛隊法の抜本的見直し、現実に即した日本国憲法の改憲に向けて議論を牽引し、確かな安全保障を確保。
人口減少社会における、地域にとって真に持続的で意味ある地方自治制度への転換。持続的な社会保障制度・税制度議論を本格化。
デフレマインドから完全に脱却。成長を自らの手で実現でき、変化に富む国際秩序の中にあって誇りある外交を展開し、自国の平和と安全を確かなものにする JAPAN に変わっている。

教育制度を改革。イノベーションを起こす人材を育成する世界水準の探究教育と評価制度を国際バカロレア機構と連携して構築し、国内に展開。
3-1の実現に向けて、人口減少社会に適した適正規模適正配置を全国的に実施。同時に、教職員研修を充実化、教員の働き方改革を一層促進。
日本のこころの醸成に資する歴史教育・郷土教育、論語教育を地域の現状に合わせて日本全国で展開。
大学進学支援制度を所得に応じて大幅に拡充。併せて、世界に通用する研究者の育成に向けた政府ファンドを創出。
自らも教育現場に立ち続け、全国の中高大での講義・ゼミを継続。新たに高校生向けのオンラインサロンを立ち上げ、日本と世界のあり方を定期的に議論。
人生のあらゆる段階でチャレンジを志向する⼈材が社会でさらに活躍し、世界に誇れる姫路と 日本が加速。
ー山田もとやすって、どんな人?ー

父は北海道拓殖銀行に勤めていたことから、2年毎の転勤の度に新しい環境に慣れることで精一杯だった。決定的な出来事があったのは中学校3年生の時。拓銀が経営破綻した。当たり前の日常があることの有り難さを痛感した。
高校三年間の担任の先生は、専門の英語だけでなく全教科の受験対策を教えながら、講師は勉強の『方法』を教えるが、教師は勉強『で』生きる意味を教えられなければならない、「人生はまだ分からない」「穴は掘った分しか深くならない」といった哲学を日々諭し、心を熱くしてくれる真の教育者だった。この出会いからすべてが変わった。
大学入学直後にNY に行くことを決心、旅費を稼ぐために猛アルバイト。目標金額が貯まって現地に出発したのは、2001 年 9 月 10 日。同時多発テロの前日だった。9 月 11 日、現場近くに居合わせ、あの歴史的な惨事を目の前にした。「日本でこのようなことが起こってはならない、日本を強くする外交官になりたい。」道が生まれた。
NY、ポーランドに駐在し、首脳通訳を含め、世界を相手に外交の一翼を担った。国連で SDGs交渉に従事、日本が反転するためには、地球規模課題に向き合いイノベーションを起こす次世代が必要となることを痛感。安全保障の業務を担い、戦後に構築した日本の安全保障体制・ルールではもはや自国の主権や国民の生命財産を守りきれない現実に苦悩した。
ご縁のあった姫路の私学の学園長に就任。学びの変革が求められている時代に、硬直的な教育制度で従来型の詰め込み教育からの脱却が進まない現実、日常に直結する世界の動きを次世代が学べる環境が整っていないことなど、教育行政の仕組みを根本から変える必要性を痛感し、強烈な危機感を覚えた。
幼少期から転校・転勤を繰り返す中、初めてふるさとと思えた姫路への移住を決断。副市長として市民の方々との対話を重ねるうちに、姫路には活かしきれていない大きな潜在力があると実感。この力を最大限発揮し、姫路プライドを絶やさず、この国を次世代へ渡したいとの覚悟から、国政への立候補を決断。
「失われた30年」を終わらせ、
成長軌道を取り戻す。
人口減少という前例のない現実に
正面から向き合い、
深刻化する世界情勢の中にあって
目指すべき地域と国の形を
しっかり示し、
実現する政治家でありたいと思います。









20年を越える
国/基礎自治体での
キャリア
大規模な組織の
マネージメント経験
霞ヶ関・姫路市
高度な
国際交渉/調整の場での
キャリア
主要外交分野での
交渉経験
国連・クアッド等
教育現場での
キャリア
学園長としての経験、
授業経験多数
大学・高校等
民間企業支援での
キャリア
顧問としてスタートアップ支援
企画立案支援
関西圏の中小企業